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名古屋地方裁判所 昭和56年(ワ)1360号 判決

原告

豊臣工業株式会社

右代表者代表取締役

中村一治

右訴訟代理人弁護士

田倉整

金田泉

右補佐人弁理士

木下憲男

松本英俊

被告

シャープ株式会社

右代表者代表取締役

佐伯旭

右訴訟代理人弁護士

吉井参也

石井通洋

高坂敬三

夏住要一郎

右補佐人弁理士

福士愛彦

杉山毅至

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億二九〇〇万円及び内金七五〇〇万円に対する昭和五六年五月三〇日から、内金五四〇〇万円に対する昭和五九年一一月一五日から各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の権利者である(別添実用新案公報参照、以下右公報を「本件公報」という。)。

(一) 登録番号 第一一五一五六一号

(二) 考案の名称 石油燃焼器

(三) 出願日 昭和四五年五月二八日

(四) 出願公告日 昭和四九年一二月二五日

(五) 登録日 昭和五一年一一月二六日

(六) 実用新案登録請求の範囲

「芯収容筒壁に密接して燃焼芯を収容し、該燃焼芯の上下によつて火力調節及び消火を行なう石油燃焼器に於て、消火時の燃焼芯の上端よりも上方の芯収容筒壁に小孔をあけ、燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし、かつ消火操作時は小孔から燃焼芯上部へ空気の流入を可能としてなる石油燃焼器。」

2  本件考案は、次の構成要件からなる石油燃焼器である。

(一) 芯収容筒壁に密接して燃焼芯を収容し、該燃焼芯の上下によつて火力調節及び消火を行なう石油燃焼器において、

(二) 消火時の燃焼芯の上端よりも上方の芯収容筒壁に小孔をあけ、

(三) 燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし、

(四) かつ、消火操作時は小孔から燃焼芯上部へ空気の流入を可能としてなる、

(五) 石油燃焼器。

3  右各構成要件について、その技術的意味を説明すると次のとおりである。

(一) 構成要件(一)は、本件考案が権利請求をしている前提条件を示している。すなわち、俗にいう、芯上下式の石油ストーブ、石油こんろ等であることを前提とした考案であるということである。

燃焼の原理は、本件公報に実施例として示されている第1図によつて説明すると次の通りである。

まず、石油はタンク6に溜めておかれる。燃焼芯2がこの石油を吸い上げ、石油はその上端から気化し、周囲から空気中の酸素の補給を受けながら、燃焼して、発熱する。この際、燃焼する場所は、燃焼筒7であり、この断面煙突状の燃焼筒は環状筒であるが、上方へ空気を引つぱるいわゆるドラフト効果によつて完全燃焼を得ようとするのである。

燃焼芯3は、上下することができるようになつており、燃焼に当たつては燃焼芯2の上端を燃焼筒内に露出させておくが、消火時はこの燃焼芯2を芯収容筒1の内に引き込んで置くのである。

(二) 構成要件(二)は、本件考案の要旨とする最大眼目である小孔の位置を指定するものである。

この小孔の位置は、芯収容筒壁に設けるというのであるから、燃焼芯が上下する筒体の壁面にあつて、構成要件(三)以下の要件に該当するものであれば良いのである。

本件公報の実施例の第1図、第2図についていえば、芯収容筒壁は指示番号1及び1'に示すのが芯収容筒であり、その内方及び外方に壁があるということである。

そして、この小孔の位置は、前記壁面のうち消火時の燃焼芯の上端よりも上方にあることを指定している。

本件公報の実施例第2図についていえば、この図面は、消火時の状態を示しており、小孔3が消火時の燃焼芯2の先端より上方に位置していることが示されている。

(三) 構成要件(三)は、燃焼時における小孔の位置を指定する。

すなわち、燃焼芯と芯収容筒壁との関係は、ほぼ密接の状態にあれば良い。

本件公報の実施例に図示されたところは、燃焼芯と芯収容筒壁との関係は、完全に密接した状態となつているが、商品としての石油ストーブでは、完全密接ということは技術的に不可能であるから、文章として表現すれば、「ほぼ密接」という関係にあるということにならざるを得ない。

すなわち、燃焼芯を上下させるためには、若干の余裕をみておくことが技術的に不可避であり、その余裕をみることをもつて「ほぼ密接」という表現になつている。

したがつて、燃焼芯と芯収容筒との間に若干の余裕があつても、技術的範囲から外れることにはならない。また、燃焼時に、小孔からの多少の空気流入があつても燃焼に役立つほどの空気流入がなければ、右要件を充足するものというべきである。

(四) 構成要件(四)は空気の流入に関する条件を指定する。

すなわち、消火操作時には、小孔から燃焼芯上部へ空気を流入させて、急速消火の目的を達成しようとする。

小孔から多量の冷たい空気が急速に供給されて芯収容筒を急冷するとともに、石油の気化量が減少して、燃焼ができなくなる程度にガスが薄められるのである。

(五) 構成要件(五)は本件考案の対象が「石油燃焼器」であることを示す。

4  被告は、別紙物件目録(一)記載の物件(以下「イ号物件」という。)を製造、販売している。

5  イ号物件は、次のような構造上の特徴を有している。なお、イ号物件のうち、後記(二)'の(1)の構造のものを「イ号物件(1)」といい、後記(二)'の(2)の構造のものを「イ号物件(2)」と呼ぶこととする。

(一)' 芯収容筒1に燃焼芯2を収容し、その燃焼芯の上下によつて火力調節及び消火を行なう石油燃焼器である。

(二)' 消火時における燃焼芯2の上端よりも上方の、芯収容筒壁の外方に当たる芯収容外筒1"の延長部(径大部)に小孔を設けている。なお、右小孔の開けられた位置については、次の二種類がある。

(1) 芯収容外筒1"の上部にこれと同心円状で芯収容外筒1"より若干口径の大なる上部筒1'"を固着し、該上部筒1'"の側壁に小孔3を複数個開けたもの(別紙物件目録(一)の第1図及び第3図)。

(2) 芯収容外筒1"の上部側壁に小孔3を複数個開けたもの(同目録第2図及び第4図)。

(三)' 燃焼時における燃焼芯2は芯収容筒1ないし上部筒1'"中にあつて、筒壁にほぼ密接しており、小孔3から燃焼部への空気の流入は殆んど不可能の状態にある。

(四)' 消火操作時には、小孔3から燃焼芯上部への空気流入が可能となつている。

6  本件考案の構成要件とイ号物件の構成との対比

(一) 本件考案の構成要件(一)は、芯上下式石油燃焼器であることを示しており、イ号物件の構成(一)'はこれに該当する。

構成要件(一)において「密接して」との表現が用いられているが、右は、燃焼芯が芯収容筒壁に一分の隙もなく密着したものでなければならない旨を限定したものではない。燃焼芯が芯収容筒壁に密着したものであれば、そもそも燃焼芯の上下作動を行なうことができなくなつてしまうのであり、本件考案を、そのような実施不能の構造について権利が付与されたものと理解することは当業者の常識に反する。右表現は、この芯収容筒において、できるだけ一杯になるような燃焼芯を用いることを意味するのであつて、芯収容筒と燃焼芯との間に芯上下式といわれる作動が可能な範囲での間隙を許容するものであることは当然である。右表現は、芯上下が不可能な石油燃焼器であることを意味するのではなく、単に、芯収容筒を通じて燃焼のための空気が補給される構造のものを排除しているところに、その技術的意味を有するのである。すなわち、燃焼芯の上端は、常時、空気にさらされているのであるから、その上端付近に存在する空気が燃焼に伴つてドラフト効果によつて吸い込まれることはあつても、芯収容筒の外部から空気が補給され、その補給される空気が燃焼のために役立つている機構ではないことを明らかにするために、「密接して」との表現が用いられたのである。

イ号物件の構成(一)'が右構成要件(一)の構成を具有していることは明らかである。

(二) 構成要件(二)は小孔を消火時の燃焼芯の上端よりも上方の芯収容筒壁に設けることを示しており、イ号物件の構成(二)'はこれに該当する。すなわち、イ号物件においても小孔は存在し、しかもその位置は「消火時の燃焼芯の上端よりも上方にあり、更に、小孔が穿たれている箇所は、芯収容筒壁の上部側壁であるか(イ号物件の構成(二)'の(2))、若しくは、芯収容筒壁と一体となつているその延長部分である(同(二)'の(1))。本件考案は、芯収容筒壁に設けた小孔から冷たい空気が流入することによつて消火時間を従来品よりはるかに短くしようとするところにその特長を有するものであり、イ号物件は右構成を用いることによつて、本件考案と同様の作用効果を実現していることは明らかである。

(三) 構成要件(三)は、前記小孔は消火時に役立つものとし、燃焼時にはこの小孔からの空気流入をできるだけ不可能に近くすること、すなわち、燃焼のための空気補給ルートは、この小孔以外のルートとすることを示しており、イ号物件の構成(三)'はこれに該当する。

イ号物件も、その燃焼のための空気補給は、外部からは、燃焼芯の上端を取り巻く燃焼筒に開けられた無数の小孔から、内部からは、芯内筒の内部から燃焼芯の上端に補給される空気のルートによつているのであつて、前記小孔からの空気補給は殆んど燃焼に役立つていない。このことは、燃焼時に右小孔を塞いでみても、燃焼状態に何ら変化がなく、不完全燃焼を生じさせるようなことがないことからも確認できる。

(四) イ号物件の構成(四)'は、構成要件(四)に該当する。

(五) イ号物件は石油燃焼器であり、構成要件(五)に該当することは明らかである。

(六) したがつて、イ号物件は、本件考案の構成要件のすべてを具備しており、また、その作用効果も本件考案のそれと同一であるから、イ号物件は本件考案の技術的範囲に属するものであり、被告はイ号物件を製造、販売することにより、原告の本件実用新案権を侵害している。

7  被告は、イ号物件が本件実用新案権の権利範囲に属することを知りながら、又は、過失によりこれを知らないで、昭和五三年六月一日以降昭和五九年一二月二四日までの間に、イ号物件を少なくとも二五八万台製造、販売した。

イ号物件の一台当たりの出荷価格は少なくとも金一万円であり、本件実用新案権の実施料相当額は、一台につき、その出荷価格の0.5パーセントに当たる金五〇円を下らない。

そこで、この実施料相当額一台当たり金五〇円の二五八万台分を計上すれば、金一億二九〇〇万円となり、原告は、被告の前記侵害行為により、右実施料相当額の損害を被つた。

8  よつて、原告は被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき金一億二九〇〇万円及び内金七五〇〇万円に対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年五月三〇日から、内金五四〇〇万円に対する訴変更申立書送達の日の翌日である昭和五九年一一月一五日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1、2は認める。同3は争う。

2  同4、5は否認する。ただし、被告が別紙物件目録(一)に添付された形名一覧表記載の形名の石油ストーブを同表記載の年度に製造、販売したことは認める。

本訴対象物件である被告製品HSR―三四F形の構造は別紙物件目録(二)記載のとおりである(以下、同目録記載の物件を「イ号物件(1)」という。)。

3  同4のうち、別紙物件目録(一)についての認否は次のとおりである。

(一) 同目録の図面について

(1) 第1図について

第1図が被告の製造、販売に係るHSR―三四F形の断面図であることは、その図画において燃焼芯が芯収容筒1(芯収容外筒1"及び芯収容内筒1')に接して描かれている点を除き、これを認める。

(2) 第2図について

第2図が昭和五九年に被告が製造、販売したHSR―二四形の断面図であることは、その図面において燃焼芯が芯収容筒1(芯収容外筒1"及び芯収容内筒1')に接して描かれている点を除き、これを認める。

(3) 第3図について

第3図の形のものは、別紙物件目録(一)添付の形名一覧表の形名のうち、HSR―三四F形がこれに該当する。しかしながら、第3図においては燃焼芯が芯収容筒1(芯収容外筒1"及び芯収容内筒1')に極めて接近して描かれている点は正しくない。特に、上部筒1'"(芯外リング)の小孔は芯収容外筒1"(芯外筒)の内壁より0.9ミリメートル外方に設けられているが、第3図では、この点が分からない。

ただ、第3図によつても、燃焼芯と芯収容外筒1"との間に間隔がわずかながらも図示されており、上部筒1'"(芯外リング)の径大部の小孔と燃焼芯との間には、右間隔以上の間隙が存在するように図示されていることを利益に援用する。

(4) 第4図について

第4図の形のものは、前記形名一覧表の形名のうち昭和五九年の欄に記載されているHSR―二四W形及び三四W形がこれに該当する。しかしながら、第4図においては燃焼芯が芯収容筒1(芯収容外筒1"及び芯収容内筒1')に極めて接近して描かれている点は正しくない。特に、芯収容外筒1"の上部に外方に拡大して形成された径大部に設けられた小孔は、芯収容外筒1"の内壁より1.0ミリメートル外方に位置しているが、第4図ではこの点が分からない。

ただ、第4図によつても、燃焼芯と芯収容外筒1"との間に間隙がわずかながらも図示されており、芯収容外筒1"の上部に設けられた径大部の小孔と燃焼芯との間には、右間隔以上の間隙が存在するように図示されていることを利益に援用する。

(5) 第5図a、bについて

否認する。燃焼芯が芯収容筒1(芯収容外筒1"及び芯収容内筒1')に接して描かれている点、燃焼芯の織り目の起伏に従つて描かれていない点は正しくない。ただ、第5図bによつても、径大部の小孔と燃焼芯との間に間隙がわずかながらも図示されていることを利益に援用する。

(二) 同目録の説明書中「石油ストーブの背景」について

「石油ストーブの背景」として記述されていることは、JIS・S―二〇一九の規格にある付図1(a)は芯固定式(芯を上下させるものではない)である点を除き、すべてこれを認める。

(三) 同目録の説明書中「対象物件の説明」について

(1) 「第1図及び第3図に示すような芯収容内筒1'と芯収容外筒1"とよりなり、芯収容外筒1"の上部にこれと同心円状で芯収容外筒1"より若干口径の大なる上部筒1'"を固着し、該上部筒1'"の側壁に小孔3を複数個開けたもの」との記載については、「第1図及び第3図に示すような」という表現部分を除き、これを認める。

ただし、右の説明の「芯収容外筒1"より若干口径の大なる上部筒1'"」とある点を正しく述べれば、次の通りである。

すなわち、芯収容外筒1"(芯外筒)の内径(内壁の直径)と上部筒1'"(芯外リング)の径大部の内径(内壁の直径)とを比べれば、内径においては1.8ミリメートルの差がある。換言すれば、芯収容外筒1"の内壁面より上部筒1'"の内壁面は0.9ミリメートル外方に位置している。

(2) 「第2図及び第4図に示すような、芯収容内筒1'と芯収容外筒1"とよりなり、芯収容外筒1"の上部側壁に小孔3を複数個開けたもの」との記載について

右の部分を否認する。

右の説明には芯収容外筒1"の上部に外方に拡大して形成された径大部が設けられていること及び小孔3は径大部に設けられていることについて記載されていない。該経大部につき正しく述べれば次の通りである。

すなわち、芯収容外筒1"(芯外筒)の内径(内壁の直径)と該径大部の内径(内壁の直径)とを比べれば、内径において2.0ミリメートルの差がある。換言すれば、芯収容外筒1"の内壁面より該径大部の内壁面は1.0ミリメートル外方に位置している。

(3) 「いずれも芯収容筒1内に燃焼芯2を収容し、燃焼芯2の上下によつて火力調節及び消火を行う石油ストーブであつて、燃焼芯2を消火のため下降せしめたときは、第5図aに示すように燃焼芯2の上端は小孔3部より下方に位置し、燃焼のため燃焼芯2を上昇せしめたときは、第5図bに示すようにその上端は小孔3部より上方で芯収容筒1の上端より上方に位置して使用する石油ストーブである。」との記載について

右の部分を認める(ただし、第5図のうち燃焼芯と芯収容筒及び上部筒1'"との間隙について争いのあることは、前記のとおりである。)。

(4) 「前記構成は、「石油ストーブの背景」に述べた石油ストーブに、小孔3を設けた点だけが相違するものである」との記載について

被告が製造販売する製品は、芯外リングを有し、その芯外リングには径大部があるものか、芯収容外筒1"の上部に径大部が設けられたものであり、また、いずれも芯収容内筒と芯天との間の間隙を有するものであつて、「石油ストーブの背景」に述べられた石油ストーブに、単に小孔を設けたものではない。

(5) 「使用に当たつては芯収容筒1に収容されている燃焼芯2を上動して点火すると、油タンク内の油は燃焼芯2により吸い上げられているので気化燃焼を開始し、燃焼筒7内で外部空気と混合して燃焼する。」との記載について

右の傍線の部分を否認し、その余を認める。

小孔から入つた外部空気は、その箇所において気化ガスと混合するのであつて、外部空気が気化ガスと混合するのは燃焼筒7内のみではない。

(6) 「しかして小孔3をテープ等で閉塞の状態で燃焼芯2を降下して消火操作をした時と、小孔3を開孔のまま燃焼芯2を降下した時の消火時間の実測値をみると小孔3閉の時は消火時間が数十秒要するのに対し、小孔3開の時は殆んど瞬時に消火する石油ストーブである。」との記載について

右の部分を否認する。その理由は次の通りである。

被告製品は、燃焼時においても小孔から空気流入がある。次に、被告製品は瞬時に消火するものであるが、それは、小孔と芯天のスリットとの両者からの流入空気が総合的に作用するからである。

(7) 「なお、芯収容筒1の上部にこれと同心円状の上部筒1'"を固着したものを、被告はその取扱説明書において、芯外筒と総称している。」との記載について

原告は、上部筒1'"(芯外リング)は芯収容外筒1"(芯外筒)の一部であると述べるが、右の事実を否認する。

(8) 「以上の構成を備えた被告製造に係る石油ストーブは後記「形名一覧表」の通りである。」との記載について

右の部分を否認する。

(9) 「ただし、機器の設計基準によりバーナの外形寸法は若干異なつており、付属部品の有無の違いもあるので右一覧表にその相異点を示す。

主な相異点

①燃焼筒のタテ・ヨコ寸法の違い

② 放熱コイル、遮熱板等の有無

③ 外筒の材質が金属筒(ホーロー)、ガラス筒の違い

いずれの違いも消火機能の差異はない。」との記載について

被告が製造販売する石油ストーブは、その設計基準によりバーナの外形寸法は若干異なつていること、及びその他の主な相異点として①②③を含むことを認める。

4  同6は争う。

5  同7は、被告が前記形名一覧表記載の形名の石油ストーブの製造、販売に当たり、本件実用新案権の存在を知つていたこと、被告が原告主張の期間に右石油ストーブを二五八万台製造、販売したことは認め、その余は争う。

6  同8は争う。

三  被告の主張

1  要旨変更について

(一) 本件実用新案権の成立の過程

原告は、昭和四五年五月二八日、特許庁に対し、「石油燃焼器」なる名称の発明について特許出願(特願昭四五―四六二九九号、以下「原出願」という。)をしたが、昭和四八年六月一三日、拒絶理由通知を受けたので、同年七月三一日、手続補正書を提出して明細書の全文を訂正し(以下、これを「第一次補正」という。)、更に同年一二月二七日、右原出願を実用新案登録出願(実願昭四九―五〇五号、以下「本出願」という。)に出願変更をなし、その際提出した新たな明細書において補正をした(以下、これを「第二次補正」という。)。その後、本出願は、昭和四九年一二月二五日、出願公告(実公昭四九―四七二二五号)されたが、これに対して訴外三洋電機株式会社及び同小池知寿から各登録異議の申立てがあり、審査の結果、昭和五一年三月一五日、いずれの登録異議申立ても理由がない旨の決定と同時に登録査定があり、実用新案登録第一一五一五六一号をもつて設定の登録がなされた。

(二) 右のとおり、原出願に添付した明細書(以下「原明細書」という。)は、昭和四八年七月三一日の第一次補正を経て、同年一二月二七日の出願変更に際して提出された明細書による第二次補正がなされているが、原明細書には全く記載されていない次の(a)、(b)の新たな事項が加えられている。

(a) 燃焼芯が芯収容筒壁に密接して収容されること。

(b) 燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で小孔から燃焼部への空気混入を殆んど不可能とすること。

(三)(1) 拒絶理由通知の引例(実公昭二九―四五六八号公報)は、芯9と芯収容筒1との間には間隙が存し燃焼時と消火操作時のいずれにおいても通気孔21から空気が流入する構造になつているが、原告は、拒絶理由通知を受けてそれを克服するために、原明細書に新たな事項を加えた第一次補正をなした。

(2) 出願変更に際してなした第二次補正は、第一次補正をそつくり取り込んだうえ、「ほぼ」「殆んど」の辞句を加えたものである。

(四) 右の第一次補正は、右拒絶理由通知の引例においては、芯と芯収容筒との間には間隙が存し、燃焼時と消火操作時のいずれにおいても通気口から空気が流入する構造になつていることから、これとの相異を明白にするため、本件考察の構成としては燃焼芯と芯収容筒とは密接の状態にあつて燃焼時には小孔からの空気流入が不可能であり、消火操作時には小孔からの空気流入を可能とする構成となるように、また、それに伴つて作用効果においても引例とは差異が生ずるように補正をなしたものであり、右補正は、原明細書に何ら示されていないことを加えたものであつて、明らかに要旨を変更する補正である。また、出願変更時にした第二次補正も、原出願の拒絶理由を克服するためになした補正の延長線上にあり、それは原明細書に記載されていないし、かつ、自明でもないことを新たに加えたものであるから、原明細書の要旨を変更するものというべきである。

(五) 以上のとおりであつて、昭和四八年一二月二七日、出願変更に際してなされた第二次補正は、明細書の要旨を変更するものと認められるから、本件実用新案の出願は昭和四八年一二月二七日にしたとみなされる。

(六) 本件実用新案権の出願日が右のとおりであるならば、実開昭四八―七三三二九号公開実用新案公報に照し、本件実用新案登録は無効の瑕疵がある。

(七) したがつて、技術的範囲は登録請求の範囲の字義どおり厳格に解釈しなければならない。

これを字義どおり解釈すれば、芯収容筒壁に燃焼芯は「密接」することを要し、小孔は「芯収容筒壁」に穿設されていることを要し、空気流入口は「芯収容筒壁にあけられた小孔」のみであることを要し、燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁が「ほぼ密接の状態で」小孔から燃焼部への空気流入を「殆んど不可能」とすることを要し、かつ、「消火操作時は」小孔から燃焼芯上部へ空気の流入を「可能とする」ことを要するが、本訴対象物件はこれらの要件を満足していない。

2  本件考案の技術的範囲の解釈

(一) 構成要件(一)「芯収容筒壁に密接して燃焼芯を収容し、燃焼芯の上下によつて火力調節及び消火を行なう石油燃焼器において」とは、燃焼芯が芯収容筒壁に密接していて、燃焼芯と芯収容筒壁との間に間隙がない石油燃焼器を意味している。

右のように解すべき理由は次のとおりである。

本件実用新案の原出願の出願当時の技術水準では、燃焼芯と芯収容筒壁とが間隙を有していた(実公昭二九―四五六八号及び実公昭三八―四六九一号)。ところが、前記のとおり、原告は原出願の拒絶引例(実公昭二九―四五六八号公報)との相異を明瞭にするため明細書の全文補正をなした際、当初の明細書には「芯収容筒内に燃焼芯を収容し」と記載されていたのを、わざわざ「芯収容筒壁に密接して燃焼芯を収容し」と補正し、燃焼芯と芯収容筒壁とが密接し、その間に間隙がないことを明確にしているからである。

(二) 構成要件(二)「消火時の燃焼芯の上端よりも上方の芯収容筒壁に小孔をあけ」とは、単に芯収容筒壁に小孔を開けるという極めて簡単な構造に特長があり、小孔からの空気流入に加えて小孔以外からも空気が流入するようなものは含まれないことを意味している。

(三) 構成要件(三)「燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし」とは、燃焼時において燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態にあつて小孔から燃焼部への空気流入を可及的完全に近く遮断することである。空気流入を容認するものはそれが小量であつたとしても「殆んど不可能」と解釈することはできない。

そもそも、本件考案は、燃焼芯を芯収容筒壁に密接させて小孔を燃焼芯で閉鎖することにより小孔からの空気流入の完全遮断を意図したものであるが、燃焼芯が繊維製品から成るため空気漏れが避けられず、完全遮断が抜術的に不可能であることから「ほぼ密接」、「殆んど不可能」の文言を用いて構成要件(三)を表現したものである。すなわち、構成要件(三)において「燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で」と表現し、「ほぼ」の文言が加えられているのは、「小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし」という表現の「殆んど」なる文言と対応するものであるが、繊維製品から成る燃焼芯を燃焼時において空気流入を完全に遮断するように芯収容筒内に配置することは困難であるので、本件考案は小孔から燃焼部への空気流入を可及的完全に近く遮断することを企図したものであつて、このように「空気流入を殆んど不可能」とすることと関連づけて述べたのが「ほぼ密接の状態」なる表現であり、この箇所では空気流入を可及的完全に近く遮断する意味において「ほぼ密接」なる表現が用いられているのである。

ところで、原告が審査の段階において説明し強調した点をみてみれば、原告は、原出願に対する拒絶引例(実公昭二九―四五六八号公報)について、引例には、芯と芯収容筒壁との間に間隙がある点をとらえて、意見書の中で、「引例の作用効果によれば、透孔23から常に燃焼空気が供給されており」、「常に供給されている空気があるから…透孔から供給される空気は燃焼に寄与しているので…」、「芯収容筒壁に芯が密着していないご引例公報の構造では」などとして、引例と原出願の発明との相違点を述べ、本件考案が空気流入を不可能とするものであることを特徴とする旨を明らかにしている。しかして、この引例に示される空気流入を可能とする間隙は何ら特別のものではなく、芯上下を円滑に行わせるに必要な程度のものである。出願審査の段階において解明し強調したことと相反することを技術的範囲の解釈に持ち込むことは許されない。

(四) 構成要件(四)「かつ消火操作時は小孔から燃焼芯上部へ空気流入を可能としてなる」とは、消火操作を行つたときに初めて小孔が開口し空気流入が可能となることを表しており、このことは明細書中の「燃焼芯2が小孔3よりも下がつた時、小孔3が急に開口するのでこの負圧部に瞬間的に小孔3から空気が吹き込まれ、」(本件公報三欄二二行ないし二四行)の記載から明らかである。

また、構成要件(四)は、芯収容筒壁の小孔から流入した空気のみによつて急速消火が達成されることを意図したものであり、他の部分から流入した空気が消火に寄与するというような構造を排除することを表している。

(五) 構成要件(五)「石油燃焼器」とは、本件考案が石油燃焼器を対象としたものであることを明確にしている。

3  本件考案と本訴対象物件(別紙物件目録(二)記載のイ'号物件(1))との対比について

(一) 本訴対象物件は、構成要件(一)を欠如するものである。

本訴対象物件は燃焼芯の上下によつて火力調節及び消火を行う石油燃焼器であるけれども、燃焼芯を芯収容筒壁に密接して収容する構成を備えていない。

(1) 本訴対象物件は、燃焼芯の外周面と芯外筒内壁面とが0.75ミリメートル、燃焼芯の内周面と芯内筒外壁面とが0.65ミリメートルの間隙を有するように設計されており、設計基準寸法に対する許容差を考慮に入れても燃焼芯は芯収容筒に間隙を存して装着されている。すなわち、芯内筒と芯外筒間の間隔は3.9ミリメートルであり、一方、燃焼芯はガラス芯部分は2.5プラスマイナス0.10.3ミリメートル、綿芯部分は2.5プラスマイナス0.3ミリメートルの許容差があるから、この許容差の範囲内で燃焼芯の厚さが変動しても芯内筒と芯外筒との間隔を超えることはない。実測をしてみても、燃焼芯は厚さが均一ではなく従つて個々の箇所において間隙に多少の広狭の差はあるものの充分の間隙を存して芯収容筒に装着されている。

なお、使用時燃焼芯が油を吸い上げた状態においても差異を生じないのであつて燃焼芯と各壁面との間には依然として間隙が維持されることは後記のとおりである。

右の次第であつて、燃焼芯は織物であつてその表面に凹凸があるから極く一部分が接触することはあり得ても、燃焼芯の全面にわたつて「密接」することはあり得ない。すなわち、本訴対象物件は、燃焼芯を芯収容筒壁に間隙を介して収容するという本件考案の出願時点で周知の構造を採用したものであつて、本件考案の構成要件(一)中の特徴ある構成である「芯収容筒壁に密接して燃焼芯を収容する構成」を明らかに欠いている。

(2) 次に、本訴対象物件においては、「芯外筒12の上部に嵌着固定した芯外リング13の上方部分に芯外筒12より口径の大なる径大部14(芯外筒より外方に0.9ミリメートル拡大される。)を形成し、この径大部14に直径1.3ミリメートルの小孔3を五四個穿設し、燃焼芯を上昇せしめたとき燃焼芯の外周面と右径大部内壁面とは1.65ミリメートルの間隙を存する。」という構造になつているが、右のように径大部は燃焼芯と1.65ミリメートルの間隙があるから前記径大部は燃焼芯を収容するための芯収容筒壁とみることはできない。仮に、該箇所が本件考案の芯収容筒壁の一部を構成するとしても、該箇所においては芯収容筒壁に密接して燃焼芯が収容されていないことは、これまた明瞭である。

(二) 本訴対象物件は、構成要件(二)を欠如するものである。

本訴対象物件は、芯収容筒壁に小孔が存在しない。すなわち、前記のように小孔がある径大部は燃焼芯を収容するための芯収容筒壁とみることはできない。

また、本訴対象物件においては、芯内筒11の上端には0.4ミリメートルの間隙(以下「芯天スリット」という。)をあけて芯天8が取り付けてあり、小孔から流入する空気に加えて右の間隙からも空気の流入があるから、この意味においても本訴対象物件は構成要件(二)を満足しない。

(三) 本訴対象物件は、構成要件(三)を欠くものである。

本訴対象物件には、本件考案の芯収容筒壁に設けられた小孔を備えていないから、すでにその点において、構成要件(三)を充足しない。

仮に、本訴対象物件の小孔が芯収容筒壁に設けられたとみるとした場合には、まず、構成要件(一)について検討した前記の主張が全部この場合にもあてはまるのであるが、次の点を補足する。

本訴対象物件は、燃焼芯と、小孔を開けた芯外リングの径大部とが1.65ミリメートルの間隙を介在するから、燃焼時は燃焼筒におけるドラフト効果により径大部の五四個の小孔から流入した空気は、前記間隙内を上昇し、燃焼芯の表面から蒸発した油蒸気とともに燃焼筒に流入する。すなわち、燃焼時において小孔が燃焼芯によつて閉鎖されることは全くなく、空気流入が「殆んど不可能」ということは起り得ない構成である。

しかも、本件考案の登録異議申立ての証拠として提出された実公昭三八―四六九一号公報を見ると、芯外筒の上端を外方に拡径した径大部に小孔(通気孔)を開け、燃焼時にこの小孔から空気が流入することが記載されているが、これは被告の本訴対象物件と同様の作用効果を奏することが明白であつて、これによつても本訴対象物件が構成要件(三)を備えていないことは明らかである。

(四) 本訴対象物件は、構成要件(四)を欠如する。

本訴対象物件は、消火操作時芯上下つまみを回して燃焼芯を降下させると、小孔からの空気の流入は継続して行われ消火に寄与する。すなわち、小孔からの空気は、消火操作時に突如として流入可能となるものでなく、燃焼時から流入を継続してなるものであるから、本件考案とは異なるものである。前述の実公昭二九―四五六八号公報、実公昭三八―四六九一号公報記載の先行技術は、いずれも本訴対象物件と同様の構成を具えている。

更に、すでに述べたように、本件考案における消火促進は芯収容筒壁の小孔から流入する空気のみによつて達成されるものであるが、芯外リングの径大部の小孔から流入する空気だけではなく芯内筒と芯天との間隙(芯天スリット)から流入する空気との総合の働きで消火を促進する本訴対象物件は、この点においても本件考案とは明白に相違し、構成要件(四)を欠くものといえる。

(五) 本訴対象物件は石油燃焼器であるから、本件考案の構成要件(五)を具備している。

以上のように、本訴対象物件は、本件考案の構成要件(五)を除く他の構成要件(一)ないし(四)を欠如している。したがつて、本訴対象物件は本件考案の技術的範囲に属しない。

四  被告の主張に対する原告の認否及び反論

(認否)

1 被告の主張のうち、同1(一)の事実は認め、その余はすべて争う。

2 被告主張の本訴対象物件(別紙物件目録(二)、イ'号物件(1))についての認否は、次のとおりである。

(一) 別紙物件目録(二)の説明書についての認否

(1) 右説明書(1)は認める。

(2) 同(2)は認める。ただし、「嵌着し」及び「芯外リング」の表現は、原告が「固着し」及び「上部筒1'"」と表現したものであつて、表現の相異はあつても客観的構成においては変わりはない。

(3) 同(3)は認める。

(4) 同(4)は認める。ただし「芯外リング」の表現を「上部筒1'"」に改めるべきである。

(5) 同(5)は認める。

(6) 同(6)の「各部の寸法」についての認否は、次のとおりである。

① 同(Ⅰ)、(Ⅱ)は争う。燃焼芯2は剛体ではなく繊維質のものであつて、使用時は直立しており、しかも油に浸せば更に芯収容筒壁になじむものであるから確定した数値は出せないはずである。

② 同(Ⅲ)は、小孔の開いている部分の空間の間隙は芯収容筒よりも若干広いことは認める。ただし、その数値は、0.6ないし0.7ミリメートルである。

③ 同(Ⅳ)は争う。本件考案の技術的範囲を定めるには不要の記述である。

④ 同(Ⅴ)は争う。なお、燃焼芯2と芯外リング13の径大部14との間隙が仮りに被告主張の1.65ミリメートルあつたとしても、燃焼芯が油に浸された状態になれば「ほぼ密接の状態」になる。

⑤ 同(Ⅵ)は争う。本件考案の技術的範囲を定めるには不要の記述である。

⑥ 同(Ⅶ)は争う。燃焼芯2は強く押し付けたときは約一ミリメートル、全く加圧しないときには約六ミリメートルであるから、圧縮条件によつて一ないし六ミリメートルの範囲で変動するものである。なお、被告の採用したJISの測定方法は、乾燥した状態で横に置いて圧力を加えて測定するものであるから、被告主張の数値は燃焼時の厚さを示していない。また、燃焼芯の上端における芯の実質厚さは6.4ミリメートルである。

⑦ 同(Ⅷ)は認める。

(二) 別紙物件目録(二)の図面についての認否

右図面が本訴対象物件(イ号物件(1))の構造を表示したものであることは認める。ただし、燃焼芯2が芯内筒11及び芯外筒13との間に間隙を保つて位置するように図示されている点を争う。なお、「芯外リング13」は、芯収容外筒1の上部にこれと同心円状のものであつて、芯外筒12と芯内筒11との間に嵌め込まれ、動かない状態になつている。また、第3図記載の各数値についての認否は、前記(一)の(6)と同様である。

(反論)

1 要旨変更について

(一) 被告主張に係る第一次及び第二次の各補正は、公知技術が含まれないことを明確にするための補正であつて、新しい技術事項を付加し、あるいは、新しい技術事項へ変更したものではないから要旨変更には該当しない。すなわち、本件考案の最大の眼目は、「芯収容筒壁に小孔を設けることであり、しかも、この小孔は燃焼には役に立たず、逆に消火のときに役に立つ場所に設けられている。」という点にある。このことは、原明細書において開示されたところから、何ら変つていないのである。その詳細は、次のとおりである。

(二) 原明細書における記載

原告が本件登録請求の範囲の項において指定した構成は、いずれも原明細書又は図面に示されている技術事項の範囲内にあり、要旨変更の問題は生じようもない。

すなわち、原明細書には、明らかに芯上下式の石油燃焼器が示されており、小孔の位置も明らかに指定されている。

しかも、燃焼時と消火操作時の状態の変化も明らかに示されている。

まず、燃焼時において、燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能としていることは図面によつても明らかであるし、燃焼時の状態についても次のとおり述べている。

「芯上下つまみ5によつて燃焼芯2を上昇させ、芯収容筒1から突出した燃焼芯2にマッチ等で着火すれば、油タンク6内の石油は、燃焼芯2によつて吸上げられて燃焼筒7内で燃焼する。」

すなわち、この点に関しては、特に小孔が燃焼を助けることは何ら考えていない。

以上の記載からいえば、燃焼時に燃焼芯と芯収容筒壁とがほぼ密接の状態で小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能としていることは当業者にとつて自明の技術事項であり、このことを明記したからといつて、要旨変更の問題が生じうる筈もない。

次に消火操作時の、「小孔から燃焼芯上部へ空気の流入を可能としている」ことは原明細書に図示されたところと発明の詳細な説明の項における説明によつて十分に確認できる。

すなわち、特許出願当初の原明細書は、「消火時の燃焼芯2の上端よりも上方の芯収容筒1壁に小孔3をあけてなる石油燃焼器」を対象とするものであることを明示しており、これによつて、消火時間を短縮するという目的を達成し得ることを述べている。

もちろん、その理論的解明は発明考案とはかかわりはなく、再現性のある発明考案であることが実験によつて確認できるならば、それだけで発明考案としての価値は認められるのであるが、本件特許出願人(原告)は、

「過熱した燃焼筒のドラフトによつて小孔から吸込まれる空気が芯収容筒を冷却し、温度を下げるので、石油の気化がおさえられ、消火が早くなると考えられる。」

と、当時の推測を記述している。

右の記述されたところによつて、本件考案の技術思想はすでに開示されているものとみるべきである。

(三) 出願経過の段階で公知例として提示された実用新案公報(昭二九―四五六八号)についての原告の見解は、次のとおりである。

右公報は、当初の特許出願について審査官から拒絶理由として通知されたものであり、そして、また出願公告の後の登録異議申立てにおいて登録異議申立人から提示されたものである。

そして、審査官の指摘は、右引例中の透孔23が出願中の小孔3に相当するというのであるが、この透孔23は通気孔21と重なつて、流入する空気量を調節環22によつて調節するようになつているが、右の透孔23及び通気孔21は、芯9の上部外周に向かつて行われる通風のためのものであり、本件考案における小孔が燃焼に全く寄与していない点において異なつている。

従つて、この引例は、本件実用新案権の権利範囲の解釈に影響を与えるものではない。

2 構成要件(三)について

被告は、イ号物件における小孔は外から空気の流入がある構造になつており、「小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし、」(構成要件(三))という本件考案の構成要件の一つを欠いていることを強調する。被告がその主張の根拠とする事実は、イ号物件は、急速消火の時間が劣つているという点と、前記小孔以外の箇所からの空気流入があるという点の二点をその主要点とするようである。

しかしながら、被告の右主張は、次のとおり失当である。まず、右二点のうち、急速消火の時間差の点についてみると、本件考案は、小孔を設けて急速消火を達成するものであり、そのための時間を定量的に限定しているわけではない。仮りに、イ号物件が小孔を設けない従来品と消火時間において変わらないものであれば、本件考案とは技術的有意差があるといえるかもしれないが、イ号物件における消火時間は、従来品と対比すれば、急速消火という点において十分な技術的有意差を見出すことができる。イ号物件は、小孔を設けることにより、程度の差はあつても、急速消火の効果を得ているのであるから、本件考案の技術を用いていることは明らかである。

また、他の一点である小孔以外の箇所からの空気流入があるという点については、イ号物件につき、右空気流入があるために急速消火の効果がないといえるだけの技術的有意差は見出し難いから、右の点も被告主張の根拠とはならない。

3 イ号物件は、小孔の内側において、消火操作時に急激な気圧の低下が生じ、小孔を通じて外から内への大量の空気の流入が行われ、これによつて急速消火の目的を達している。

イ号物件は、燃焼が継続している間、小孔の内側は大気圧より低い気圧を維持しており、消火操作開始と同時に、すなわち、燃焼芯が降下して空間をつくり、小孔を開放すると外側の大気圧との圧力差は急激に燃焼時の約二倍という大きなマイナス圧を示し、その瞬間に大量の空気が小孔を通じて内側に流れ込み、これにより急速消火を行つているのである。この点こそ、本件考案の本質的特長であり、イ号物件は、この特長をそのまま具備しているのである。

もちろん、燃焼継続中は、ドラフト効果によつて、小孔の内側の気圧は大気圧より低くなつているから、わずかな空隙でも、そこから空気が流入しているけれども、燃焼のための空気補給は、上部燃焼筒部分での大量の補給によつてなされているのであり、この小孔付近の空隙から流入する空気量は、技術的には、到底、燃焼に寄与するだけのものとはいえないから、この点は、本件考案の技術的特長の点からみても、無視し得る範囲である。

五  原告の反論に対する被告の認否

原告の反論はすべて争う。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがない。

二右争いのない本件考案の実用新案登録請求の範囲に、〈証拠〉を併せると、本件考案は次の(一)ないし(五)の構成要件に分説するのが適当である。すなわち、

(一)  芯収容壁に密接して燃焼芯を収容し、該燃焼芯の上下によつて火力調節及び消火を行なう石油燃焼器において、

(二)  消火時の燃焼芯の上端よりも上方の芯収容筒壁に小孔をあけ、

(三)  燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし、

(四)  かつ、消火操作時は小孔から燃焼芯上部へ空気の流入を可能としてなる、

(五)  石油燃焼器。

また、本件考案は、右の構成により、石油燃焼器の消火時間を極めて短かくするとの作用効果を奏することが、〈証拠〉により認められる。

三構成要件(三)について

被告は、構成要件(三)は、燃焼時において燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態にあつて小孔から燃焼部への空気流入を可及的完全に近く遮断することを意味し、燃焼時における小孔からの空気流入を容認するものは、それが少量であつたとしても「空気流入を殆んど不可能とし」と解釈することはできないと主張するのに対し、原告は、いわゆる芯上下式の石油ストーブにおいて、燃焼芯を上下させるためには燃焼芯と芯収容筒との間に若干の余裕をみておくことが技術的に不可能であり、その余裕をみることをもつて「ほぼ密接」という表現になつているのであり、燃焼時に、小孔からの多少の空気流入があつても燃焼に役立つほどの空気流入がなければ「空気流入を殆んど不可能とし」に該当すると解することができる旨主張する。

そこで、この点について検討してみるに、被告の主張1(一)(本件実用新案権の成立の過程)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。すなわち、

原告は、昭和四五年五月二八日、特許庁に対し、「石油燃焼器」なる名称の発明について特許出願(特願昭四五―四六二九九号、以下「原出願」という。)をしたが、昭和四八年六月一三日、右出願に係る発明が実公昭二九―四五六八号公報(以下「引例1」という。)に記載された発明であるとして拒絶理由通知を受けたので、同年七月三一日、手続補正書を提出して明細書の全部を訂正し(以下、これを「第一次補正」という。)、更に同年一二月二七日、右原出願を実用新案登録出願(実願昭四九―五〇五号、以下「本出願」という。)に出願変更をなし、その際提出した新たな明細書において補正をした(以下、これを「第二次補正」という。)。その後、本出願は、昭和四九年一二月二五日、出願公告(実公昭四九―四七二二五号)されたが、これに対して訴外三洋電機株式会社及び同小池知寿から、本出願に係る発明は、引例1や実公昭三八―四六九一号公報(以下「引例2」という。)、あるいは英国特許第八三五四二〇号明細書(以下「引例3」という。)等により容易に考案できたものであるとして、各登録異議の申立てがあり、審査の結果、昭和五一年三月一五日、いずれの登録異議申立ても理由がない旨の決定と同時に登録査定があり、実用新案登録第一一五一五六一号をもつて設定の登録がなされた。

拒絶理由通知書で引用された引例1の公報には、石油焜炉において、芯収容筒1の上部外壁の側壁に穿設した数個の通気口21の外面に透孔23を透設した調節環22を廻動自在に嵌着して通気口21より芯9の上部外側に向つて行われる通風を調節し得るようにする構造が示されているが、燃焼芯と芯収容筒(芯外筒)との間には、燃焼時においても空気の流通が可能な間隙が存在することが右公報の記載により明らかであつた。そこで、原告は、第一次補正において、原明細書の特許請求の範囲に記載のなかつた次の事項、すなわち、①燃焼芯が芯収容筒に密接して収用されること、②燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁が密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を不可能とすることを特許請求の範囲に追加し、発明の詳細な説明における作用効果の説明も、原明細書においては、単に、「芯収容筒1内に小孔から新らしい空気を送ることによつて芯収容筒の上部から燃焼芯へ向けて空気が巻込んで乱流を作り、小さな青い炎の玉が廻る従来の状態を起さず、芯収容筒上端部で安定した微少な燃焼を行ない、かつ小孔から送られる空気量では燃焼を続けることができず消火するものと思われる。また過熱した燃焼筒のドラフトによつて小孔から吸込まれる空気が芯収容筒を冷却し、温度を下げるので、石油の気化がおさえられ、消火が早くなると考えられる。」と記載されていたにすぎなかつたのを、右補正により、後記の本件考案の明細書と同様の記載に書き改めた上で、前記拒絶理由通知書に対する意見書を提出し、右引例1における透孔23(通気口21)は、その小孔から燃焼中空気を供給して燃焼量を増加せしめるためのものであり、右小孔からは常に燃焼空気が供給されているから、このような状態で芯を降下しても、負圧現象は殆んど起きず、また、右小孔から供給される空気は燃焼に寄与しているので、芯収容筒壁は高温になり、芯の側面から石油の気化を促進して逆に消火時間が長くなると考えられるとして、原出願の技術は引例1の公報において開示されていない旨主張した。

また、原告は、出願変更に伴つてなされた第二次補正においては、前記第一次補正で特許請求の範囲に追加された事項のうち、①の事項はそのまま、②の事項を、「燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし」と改め、これを実用新案登録請求の範囲に記載した。

更に、前記登録異議申立てにおいて引用された引例2の公報には石油ストーブの燃焼筒において、芯外筒の上部に径大部があり、その周縁に小孔(通気孔6')を穿設した構造が開示されており、燃焼の過程において、右小孔から、まず最初に空気が供給されること(同公報一頁左欄三一行ないし右欄一行)、また、消火に際しても、「前記各通気孔」(右小孔を含む。)及び間隙より導入される冷たい空気により消火が促進されること(同公報一頁右欄一七、一八行)が明らかにされている。原告は、右引例2を引用した訴外小池知寿の異議申立てに対する答弁書において、右引例2は、芯外筒6の上端には通気孔6'が開けられているが、右通気孔6'と芯13とは間隙を介していること、右引例2の消火促進の作用効果は、通気孔7'、通気孔6'、通気孔17'、小間隙11、小間隙18の空気流通部から導入される冷たい空気により燃焼機械部が冷却される結果、消火が促進されるものであり、本出願の、閉鎖中の小孔が芯降下によつて急に開口し、負圧部に瞬間的に空気が吹き込まれ、石油の気化ガスが不可燃状態まで薄められた結果生まれる消化促進の効果とはそのメカニズム(作用)が根本的に異なる旨主張した。

前記各登録異議申立てに対する各決定の理由中には、登録異議申立人の引用した公報等においては、本件考案の構成要件(二)ないし(四)が記載されていないこと、右各構成要件によつて、芯収容筒壁に設けられた小孔は燃焼には全く寄与しないから、燃焼時にこの芯収容筒壁部分が特に高温になる等の不都合を生ずる恐れはなく、しかも消火操作時に燃焼芯が小孔よりも下がつた時には、この小孔が急に開口し、燃焼芯上方部の負圧部に瞬間的に空気が吹き込まれるから、石油の気化ガスが不可燃状態にまで瞬時に、ないし燃焼の継続ができない程に、速やかに薄められる結果、速やかに消火できるので消火時間の短縮ができる等、明細書記載の作用効果を奏する旨が記載されており、また、右各決定のうち、三洋電機株式会社に対する決定の理由中には、前記引例3に関し、その明細書の第3図において、本件考案における小孔3に相当する小孔らしきものが中央リング35に図示されているが、果たしてこの小孔が燃焼時に燃焼芯の密接によつて密閉されるのか否かについては疑義があり、むしろ、第2図によれば、中央リング35と燃焼芯17との間には、僅少ではあるが間隙が認められる旨の記載がある。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

また、〈証拠〉によれば、本件公報の「考案の詳細な説明」欄には、「この考案は芯収容筒1の壁に小孔3をあける簡単な構造によつて消火時間を短縮すると共に、その石油燃焼器に合つた位置・数・孔径を適宜選択することによつて実験の結果瞬時消火したのも確認できるものであり、一般に二〇〇〜三〇〇秒かかつていた消火時間を二〇秒以下におさえることが可能である。」との記載(本件公報一頁第二欄三三行ないし二頁第三欄一行)、「この消火時間を短かくする理由は芯収容筒1壁に密接して燃焼芯2を降下させれば燃焼芯2が下方へ移動した結果生れる空間によつて、燃焼筒7の上方へのドラフトが一時抑制されるが、芯収容筒1の内外の温度差によつて、内側は負圧であるから、燃焼芯2が小孔3よりも下がつた時、小孔3が急に開口するのでこの負圧部に瞬間的に小孔3から空気が吹き込まれ、石油の気化ガスが不可燃状態まで薄められ、燃焼筒7間隙の炎が燃焼芯2まで伝播せず、瞬間消火を行ない、一方瞬間消火できなくても火勢が弱まり、かつ芯収容筒1内へ小孔3から多量の冷い空気が供給されて芯収容筒を急冷するので、石油の気化量が減少し、燃焼継続ができない程の薄い混合ガスとなり消火する。」との記載(本件公報二頁第三欄一七行ないし三〇行)及び「芯収容筒壁に小孔を穿つて、この小孔から燃焼空気を供給する構造のものが公知であるが、この場合は消火時間を短縮するための意図はなく、小孔から入る空気が燃焼に寄与しているため、換言すれば芯収容筒が燃焼筒の一部を構成することになり、却つて芯収容筒壁が高温になり、消火時間を延長したり、筒壁が高温になることにより気化ガスが多くなつて異常燃焼したり不完全燃焼をする欠点があつたが、この考案では燃焼には全く寄与せず、消火時間を短縮することに大きな特長を有するものである。」との記載(本件公報二頁第三欄三一行ないし第四欄九行)があることが認められる。

右認定の出願経過、登録に至る経緯、出願当時における公知技術(引例1ないし3)、特に、芯外筒(芯収容外筒)上部の径大部に小孔を穿設する構成を開示し、小孔からの空気流入が、燃焼にも、また、消火促進にも役立つことを明らかにした引例2の公知技術の存在及び右認定の本件公報の記載を併せ考えると、本件考案の構成要件(三)にいう「燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で」とは、燃焼芯が剛体ではなく柔軟な繊維製品であるため、燃焼芯と芯収容筒壁を完全な密接状態にして燃焼時における小孔からの空気流入を完全に遮断することは技術的に不可能であるから、このような完全な密接状態を意味するものではないが、本件考案の前記公報記載の作用効果(急速消火)を可能ならしめる程度に密接な状態、換言すれば、燃焼時には燃焼芯によつて小孔が密接に近い状態で塞がれている構成を意味するものと解するのが相当である。すなわち、燃焼芯が繊維製品であることから、ある程度の小孔からの空気流入はやむを得ないが、それは燃焼に寄与するものであつてはならないことはもとより、小孔からの空気もれを可及的に防止し、温度差による芯収容筒の内外の圧力差を保つて芯収容筒内部の負圧状態を維持し、これにより、燃焼芯が小孔よりも下がつたとき、瞬間的かつ急激に、小孔から芯収容筒の外部からの冷たい空気が内部に吹き込まれ、本件考案の目的である急速な消火(消火時間を二〇秒以下にすること)の達成を可能にする程度の密接に近い状態を意味するものと解すべきである。

四イ号物件について

1  被告が別紙物件目録(一)に添付された形名一覧表記載の形名の石油ストーブを同表記載の年度に製造、販売したことは当事者間に争いがない。

2  イ号物件(1)について

原告主張に係るイ号物件(1)(請求原因5)についてみるに、被告が製造、販売したHSR―三四形石油ストーブの構造を図示すると、別紙物件目録(一)添付図面の第1図、第3図記載のとおりであること(ただし、燃焼芯が芯収容筒1に接し、又は、極めて接近して描かれている点は除く。)、その構造を説明すると、同目録添付の第1図及び第3図(ただし、右争いのある部分は除く。)に示すような、芯収容内筒1'と芯収容外筒1"とよりなり、芯収容外筒1"の上部にこれと同心円状で芯収容外筒1"より若干口径の大なる上部筒1"を固着し、該上部筒1'"の側壁に小孔3を複数個開け、芯収容内筒1"の上部には芯天8が設けられており、芯収容筒1内に燃焼芯2を収容し、燃焼芯2の上下によつて火力調節及び消火を行う石油ストーブであつて、燃焼芯2を消火のため下降せしめたときは、燃焼芯2の上端は小孔3部より下方に位置し、燃焼のため燃焼芯2を上昇せしめたときは、その上端は小孔3部より上方で芯収容筒1の上端より上方に位置して使用する石油ストーブであること、また、小孔3の直径は1.3ミリメートルであり、その個数は五四個であること、以上の事実は当事者間に争いがない。

更に、右構造の説明のうち、「芯収容外筒1"の上部にこれと同心円状で芯収容外筒1"より若干口径の大なる上部筒1"'を固着し、該上部筒1'"の側壁に小孔3を複数個開け」の部分をより詳細にみると、〈証拠〉によれば、上部筒1'"の下部の筒状部の内壁面は芯収容外筒1"の内壁面より約0.1ミリメートル外方に位置し、小孔の穿設された上部筒1"'の径大部の内壁面は上部筒1'"の下方の筒状部の内壁面より外方に約0.8ミリメートル拡径されていること、したがつて、小孔3の穿設された上部筒1'"の径大部の内壁面は芯収容外筒1"の内壁面より約0.9ミリメートル外方に位置していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、燃焼芯3と芯収容外筒1"の内壁面との間には、燃焼芯が油を吸つた状態においても若干の間隙が存在することは、〈証拠〉により、これを認めることができるが、燃焼芯は繊維製品であり、また、燃焼芯上部のガラス繊維の部分は綾織りになつている(〈証拠〉により認められる。)ため、測定位置により、その厚さが異なるので、確定的な数値でもつて、右間隙を特定することはできないものといわざるを得ない。なお、〈証拠〉によれば、燃焼芯の上部のガラス繊維の部分は、油を吸うことにより膨張するようなことはないこと、長時間、使用した燃焼芯は、新品に比べ痩せる(燃焼芯の厚さが減少する)傾向にあることが認められる。

更に、同目録添付の第3図によれば、芯収容内筒1"の上縁と芯天8の周縁との間には若干の間隙があること(以下、右間隙を「芯天スリット」という。)が認められる。

3  イ号物件(2)について

原告主張に係るイ号物件(2)(請求原因5)についてみるに、別紙物件目録(一)添付図面の第2図が、被告製品であるHSR―二四形の断面図であること、同第4図が被告製品であるHSR―二四W形及び三四W形の構造を図示したものであること(ただし、燃焼芯が芯収容筒に接し、又は、極めて接近して描かれている点は除く。)、右被告製品の構造が、芯収容筒1内に燃焼芯2を収容し、燃焼芯2の上下によつて火力調節及び消火を行う石油ストーブであつて、燃焼芯2を消火のため下降せしめたときは、燃焼芯2の上端は小孔3部より下方に位置し、燃焼のため燃焼芯2を上昇せしめたときは、その上端は小孔3部より上方で芯収容筒1の上端より上方に位置して使用する石油ストーブであることは当事者間に争いがない。

更に、右の被告製品を図示したものであることについて争いのない同目録添付の第2図、第4図によれば、右各図のA部に該当するイ号物件(2)の構造は、芯収容内筒1'と芯収容外筒1"とよりなり、芯収容外筒1"の上部側壁を外方に若干拡径して形成した径大部9を設け、右径大部9に小孔3を複数個開けたものと認められる。

五構成要件(三)とイ号物件(1)との対比

1  イ号物件(1)の構造は前記認定のとおりであり、小孔3の穿設された上部筒1'"の径大部の内壁面は芯収容外筒1"の内壁面より約0.9ミリメートル外方に位置しており、また、燃焼芯2と芯収容外筒1"の内壁面との間には、燃焼芯が油を吸つた状態においても若干の間隙が存在するものである。

そこで、小孔3の穿設された上部筒1'"の径大部の内壁面と燃焼芯2との間に右の如き間隙(上部筒1'"の径大部の内壁面と芯収容外筒1"の内壁面の内径差の二分の一の約0.9ミリメートルと芯収容外筒1"の内壁面と燃焼芯2との間の間隙を加えたもの、以下、これを「本件間隙」という。)の存在するイ号物件(1)が、本件考案の構成要件(三)を充足するか否かについて、以下、検討する。

2  〈証拠〉によれば、イ号物件(1)は、燃焼中、上部筒1'"の径大部に穿設された小孔3から空気が流入していることが認められ、また、〈証拠〉によれば、イ号物件(1)の小孔3と芯天スリットの両方を塞いだ場合における小孔3に最も近い測定箇所(同号証の測定項目、3、表面温度の項目の略図中の⑤芯調節器体の箇所)における表面温度は一〇一℃であつたが、芯天スリットを塞ぎ、小孔3のみを開いた場合におけるそれは九五℃であり、小孔3を開くことにより、小孔に最も近い右測定箇所において、六℃の温度低下のあることが認められるが、右温度低下は、小孔3から流入する空気による冷却効果によるものと解し得るので、イ号物件(1)の小孔3からは、燃焼時において、小孔の近くの箇所を冷却し、その表面温度を低下させる程度の空気の流入があるとみるのが相当である。

なお、〈証拠〉によれば、イ号物件(1)の小孔3と芯天スリットの両方を塞いだ場合における一時間当たりの燃料消費量は0.260リットル、芯天スリットを塞ぎ小孔3のみを開いた場合におけるそれは、0.272リットルであり、その差0.012リットルが、小孔3からの空気流入による一時間当たりの燃料消費量の増加であることが認められる。

更に、〈証拠〉によれば、イ号物件(1)の構造を有するシャープHSR―三七H形石油ストーブ七台を使用し、各個について、小孔3を開き、芯天スリットを閉鎖した状態(以下「状態①」という。)と、小孔3及び芯天スリットのいずれも閉鎖した状態(以下「状態②」という。)とを作り、各状態においてヒーターで点火し、炎が芯上端全周に回るまでの火回り時間を測定した(各個について状態①、②の各場合につき一〇回実施した。)ところ、状態①の火回り時間の平均は28.2秒であり、状態②のそれは、34.4秒であつたことが認められ、小孔3からの空気流入により火回り時間が平均値で約六秒短縮されたことが明らかである。

もつとも、〈証拠〉によれば、原告側が行つた実験によると、イ号物件(1)について、その小孔を塞いだ場合(以下「試料B」という。)と塞がない場合(以下「試料A」という。)とでは、火回り時間が殆んど変わらない旨の結果が出ていることが認められるが、〈証拠〉によれば、右実験は、試料A、B各一台について、変質灯油を一定割合で混入して行われたものであることが認められることからすると、被告側がした〈証拠〉の前記実験結果の信ぴよう性を疑わせるに足りるものとはいい難い。

次に、イ号物件(1)の消火時間についてみるに、〈証拠〉によれば、イ号物件(1)に該当するシャープHSR―三七形石油ストーブ一〇台を使用し、各個について、状態Ⅰ(小孔開、芯天スリット開)、状態Ⅱ(小孔閉、芯天スリット開)、状態Ⅲ(小孔開、芯天スリット閉)、状態Ⅳ(小孔閉、芯天スリット閉)を作り、各状態において一〇台とも燃焼させ、一定時間経過後、一台目から一〇台目まで順次消火させ、これを各個につき一〇回実施し、その消火時間を測定したところ、その測定結果は〈証拠〉のとおりであつたこと、その平均値をとると、状態Ⅰの場合の消火時間の平均値は七秒、状態Ⅱのそれは72.5秒、状態Ⅲのそれは79.9秒、状態Ⅳのそれは一二八秒であつたことが認められる。右実験結果によれば、状態Ⅳと状態Ⅲを比較すると、小孔と芯天スリットの両方を閉鎖した状態から小孔のみを開いた状態にすることによつて、消火時間が、平均値で48.1秒短縮されること、右消火時間の短縮は、小孔からの冷たい空気の流入によるものであることが明らかであるが、反面、状態Ⅲと状態Ⅰを比較すると、小孔と芯天スリットの両方を開いた状態(状態Ⅰ)の消火時間の平均値が七秒であり、急速消火といい得るのに対し、小孔のみを開き、芯天スリットを閉鎖した状態(状態Ⅲ)のそれは79.9秒であり、イ号物件(1)は、消火操作時における小孔のみからの空気流入によつては、急速な消火を達成し得ないこと、右小孔からの空気流入と芯天スリットからのそれとの総合的作用により急速消火の目的を達成していることが明らかである。

なお、〈証拠〉によれば、原告側において、イ号物件(1)に該当するシャープHSR―三七H形石油ストーブを使用し、右の〈証拠〉と同様の実験をしたところ、前記の状態Ⅳの場合の消火時間の平均値が一四一秒、状態Ⅲのそれが二七秒、状態Ⅰのそれが六秒であることが認められ、前掲〈証拠〉の被告のなした前記実験結果と比較して、状態Ⅲの小孔のみを開いた場合における消火時間が、相当程度、短縮された結果が出ている。しかしながら、右〈証拠〉の右各平均値は、一台のストーブを、各状態につき二回実験した結果を平均したにすぎないものであることが〈証拠〉により明らかであるから、右実験結果は、一〇台の石油ストーブを各状態につき一〇回実験した結果得られた前掲〈証拠〉の前記実験結果の信ぴよう性を覆すに足りるものとはいえず、採用し難い。

右認定の事実関係によれば、イ号物件(1)の小孔3の穿設された上部筒1'"の径大部の内壁面と燃焼芯2との間には本件間隙が存在し、これがために、燃焼時において、小孔3からは、その近くの箇所を冷却し、その表面温度を低下させる程度の空気流入があり、右空気流入は、燃焼開始時における火回り時間を平均値で六秒程度短縮する作用効果をもたらしていて、燃焼に寄与しているものと評価し得ること、更に、イ号物件(1)は、消火操作時における小孔3のみからの空気流入によつては、急速な消火を達成することはできず、小孔3からの空気流入と芯天スリットからのそれとの総合的作用により急速消火の目的を達しており、右小孔と間隙との総合的作用による消火促進は、原告自身が、登録異議申立てに対する答弁書において、本件考案の構成による消火促進とは、そのメカニズムが根本的に異なる旨主張したものであること等の事実が明らかであり、右各事実を総合すると、イ号物件(1)の小孔3の穿設された上部筒1"'の径大部の内壁面と燃焼芯2との間の本件間隙の程度は、本件考案の前記公報記載の作用効果(急速消火)を可能ならしめる程度に密接な状態にあるものと評価することのできないものというべきであつて、結局、イ号物件(1)は、構成要件(三)、すなわち、「燃焼時は燃焼芯と芯収容筒壁がほぼ密接の状態で、小孔から燃焼部への空気流入を殆んど不可能とし」の要件を具備しないものといわざるを得ない。

3 この点に関し、原告は、イ号物件(1)は小孔の内側において、消火操作時に急激な気圧の低下が生じ、小孔を通じて外から内への大量の空気の流入が行われ、これによつて急速消火の目的を達成していること、この点こそ本件考案の本質的特長であり、イ号物件(1)はこの特長をそのまま具備している旨主張(原告の反論2)し、〈証拠〉の実験結果はその証左であるとする。

しかしながら、前認定のとおり、本件考案の作用効果は、本件公報に記載されたところによれば、「芯収容筒1の内外の温度差によつて、内側は負圧であるから燃焼芯2が小孔3よりも下がつた時、小孔3が急に開口するのでこの負圧部に瞬間的に小孔3から空気が吹き込まれ、石油の気化ガスが不可燃状態まで薄められ、燃焼筒7間隙の炎が燃焼芯2まで伝播せず、瞬間消火を行ない、……」というものであり、燃焼時は燃焼芯2により、ほぼ密接の状態で塞がれていた小孔3が、消火操作時において、燃焼芯3が小孔3よりも下がつた時に、急に開口し、右小孔3から芯収容筒内部の負圧部に瞬間的に空気が流入することにより急速消火の目的を達成するのが本件考案の特徴である。したがつて、右原告主張の、消火操作時における小孔の内側における急激な気圧の低下と、これによる小孔からの大量の空気の流入が本件考案の特徴であるとは解し難く、また、右急激な気圧の低下が何によつてもたらされるのか、それが本件考案の構成要件(三)の構成といかなる関係にあるのか、原告の主張に徴しても、必ずしも明らかではない。更に、〈証拠〉によれば、芯収容外筒の径大部に小孔が穿設され、右径大部の内筒壁が芯収容外筒の内壁面よりも半径で三ミリメートル拡径されている訴外松下電器産業株式会社製のOS―M二二三A形石油ストーブについて、〈証拠〉と同様の実験をしたところ、右石油ストーブにおける芯収容外筒の径大部の小孔部分の圧力変化は、消火操作時を含め、イ号物件(1)についての実験結果とほぼ同様の傾向を示していることが認められるのであり、また、右OS―M二二三A形石油ストーブは、原告自身が本件考案の技術的範囲外にあると主張(原告の昭和五八年五月一三日付第六回準備書面)し、これを前提とした立証をしている右訴外会社製のOS―二二四形石油ストーブと、右小孔付近の構造(小孔の穿設された径大部の内壁面が芯収容外筒の内壁面よりも半径で三ミリメートル拡径されている。)が同じであることからすると、〈証拠〉に記載されたイ号物件(1)の小孔部分の圧力変化をもつて、右原告の主張を裏付けることはできないものといわざるを得ない。

したがつて、原告の右主張はその理由がない。

4  してみると、イ号物件(1)は、本件考案の構成要件(三)の構成を具備しないから、本件考案の技術的範囲に属しないものというべきである。

六構成要件(三)とイ号物件(2)との対比

1  イ号物件(2)の構造は、前記認定のとおりであり、別紙物件目録(一)添付の第2図、第4図(ただし、燃焼芯が芯収容筒に接し、又は、極めて接近して描かれている点は除く。)に記載のとおり、芯収容内筒1'と芯収容外筒1"とよりなり、芯収容外筒1"の上部側壁を外方に若干拡径して形成した径大部9を設け、右径大部9に小孔3を複数個開けたものである。

2  原告は、イ号物件(2)の右構造をもつて、本件考案の構成要件(三)を充足すると主張するのであるが、右の程度の対象物件の特定によつては、①芯収容外筒1"の上部側壁を外方にどの程度拡径したのか、②それにより、小孔3が設けられた径大部9と燃焼芯2との間には、燃焼時において、どの程度の間隙が存在するのか、③右間隙は、燃焼時における右小孔3からの空気の流入をどの程度許容するものであるのか、といつた点が明らかではなく、本件証拠上も、これらの点を確定するに足りる証拠はない。

してみると、イ号物件(2)の構造が、本件考案の構成要件(三)を具備しているものと認めるに足りる証拠はないものというべく、右物件が本件考案の技術的範囲に属するものと認めることはできない。

七以上の次第であり、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官加藤幸雄 裁判官森脇淳一 裁判長裁判官高橋利文は転任のため署名、捺印できない。裁判官加藤幸雄)

別紙実用新案公報〈省略〉

物件目録(一)〈省略〉

形名一覧表〈省略〉

物件目録(二)〈省略〉

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